Mar 4, 2022

ドイツ国内🇩🇪車内泊「ドイツの普通の人々、普通の風景」取材旅行2022年2月4日メモ

 



2021年末からの旅行メモを、一昨日から投稿し始めたので、いきなり2022年2月4日の今日のメモを今、München までのアオトバーンの休暇で書いている。

デュッセルドルフから帰ってから、昨年末からの取材旅行の写真を選びながらロー画像を現像している。現像の待ち時間にTwitterを覗いている。オーストリア🇦🇹は、💉強制が議決されたそようだ。2月5日から施行されるだろうという事だ。罹患して回復していれば、条件次第で、そのまま抗体を維持しているという事で認められるらしい。💉接種証明書や回復証明書の提示ができない場合罰金600€だそうだ。年間幾らだったか忘れたけど、後で確認してNoteにも書いておこう。

ドイツ🇩🇪では、1月27日から今の所、簡易PCRテストの陰性証明書があれば、3G(💉接種証明書、回復証明、陰性証明)の場合通用するらしい。だけど、ドイツでは接種しても回復しても、3ヶ月後には抗体は無くなり、未接種者と同じ扱いになる。デンマークが一年なのにどういう差なんだろう。おまけに、デンマークでは、2月1日から、今まで行ってきた、感染対策は廃止していて、スペイン🇪🇸もただのインフルエンザ扱いにすると発表していたし、イギリス🇬🇧では2回以上打った人は免疫システムが壊れて元に戻らないと政府が公表していたし、アイルランド🇮🇪も続いて、少しずつ元の生活に戻っているそうだ。

Twitterで、オーストラリア在住のいつも情報を発信している人に聞いたところ、彼が住んでいる州では、接種証明書が無い人は仕事をしてはいけないらしい。他の州のオーストラリアの人からので情報では、家族が入院していても、それが子供であっても接種してない人は面会にも看病にも行けないそうだ。

出発前にドラッグストアのdmに寄って少し買い物をして、ガソリンを入れてから行こう。ガソリンがSuper1リットル1.749€、レギュラー1.689€。いくら燃費がいい車だと言っても、この値段をSuperに払う余裕はない。レギュラーを25リットル入れた。アオトバーンではゆっくり目に走るしか無いので、時間に余裕を持って行こう。

今日は、夕方Königsbach という町へ抗議散歩の取材に行った。まだ18:00までは2時間ある。一度トイレに行っておこうと思った。ナビで9分走った場所に見つけた。そしてもう一度集合場所であるMarktplatに戻って、町の風景を撮影しながら、一人の少年にMarktplatは何処にあるのかと訊いたけれど、彼は知らないようだったので、通りを渡った所にいた男性にもう一度訊いた。集合場所には6人の人が来ていたけれど、彼らが言うには、どうもここでは無いようだった。100人は集まる筈だという。そこで彼らの車に少し乗せてもらって、私の車がある場所の近くまで行って、そこから私の車に乗って彼らに付いて、もう一つのMarktplatに向かった。どちらの町の様子も素敵だった。だけど、既に20分遅れて到着したので、誰もそこにはいなかった。仕方ないので、今回はお開きにして、私はMünchen に向かっている。

それでも、集合場所を間違えた人達がいたので、同じく間違えている私は、彼らに会う事ができて良かった。私のfryerを渡してお話ができた。毎週月曜日には、プフォルツハイムで800人もの抗議散歩があって、そこに彼らも参加しているそうだ。彼らは気さくで素敵な人たちだった。

火曜日に注文してあった、2段の脚立が届いた。私は、大きな体格のドイツ人を撮影するには背丈が足りないので、この脚立に立って、少しは上目から大勢を撮影できる。

ドイツ国内🇩🇪車内泊Demo取材旅行2022年1月29日メモ

 


朝5:28に目が覚めた。外は雨が降っている様だ。まだ暗いけれど、窓を覆った滴で弱い雨が降っているのが見える。

今朝の日記を書いている。今日は昨日車のデモの前に見つけて向かっていた、ハノーバーの近くの町の11:00からの大きなデモと14:00からの車のデモと両方撮影できる可能性があると思った。今から下見して、ハノーバーではどこから見るべきか、車を何処に停められるかをチェックしに行って、その後近くの町の様子を見て行けそうなら両方撮影する事にした。

ハノーバーの気温は7℃から10℃まで上がる様だ。ヒートテックの肌着を脱いで、上着で服の量を調整できるように着替えた。

7:63外のランプが消えた。ここは夜中中とっても明るかった。さて今から起きよう。

この旅のコツは、堂々と隙のない行動をする事だと思った。
隣に白いメルセデスが停まってる。エンジンをかけて休んでいる様だが、とっても静かだ。中から暖かそうな毛布をトランクに入れる為にがっしりした男の人が出てきた。私はお弁当を食べる。

予定通りハノーバーに下見に行ってからCelleに向かった。30分前に着いた。駐車に停めて、駐車料金を払った。12:06まで、15分30セント。

何か食べる物を買いたかった。集まっていたお巡りさんに、スーパーとか食べ物を買えるお店を訊いて、歩いて6分から10分だというので向かったが、デモの時間に間に合わないので諦めて引っ返した。気温は9℃で歩いている間に暑くなったので、急いで薄着になった。霧雨が降っていた。

みんなが歩き出したので、急いで着いて行き、きれいな街並みをバックに写真を撮った。本のフライヤーを渡しながら、日本の本を作りたいから撮らせてくださいと声をかけた。色んな人が何の為に撮影してるかと訊いてくれるので、その度にフライヤーを出して説明する。彼らは日本の人に見せる本の為の写真だという事を喜んでくれる。フライヤーを開いて見てくれて、このデモも本になるんだと実感してくれる。

お巡りさんが「Bitte Masken 」と言ったので、持っていたマスクをして、「vielen Dank!と言った。

一人のデモのオーガナイザーが、このデモの後に、映画館の前で、集まりがあるから、是非来るべきだと言うので、「Parken ist bis 12;06 Uhr 」と言ったて後で行くからと場所を訊いた。結局最後まで着いて行って、映画館の前の集会も撮影して、後6分という時間に、駐車場に引き返した。ナビでは6分で着くはずが、気がつくとどんどん離れて行っている。既に20分過ぎてしまって、あーあー、さっさと引き返せば良かったと後悔しながら、どんどんドツボにハマって、道が解らなくなった。仕方ないので、通る車に手を振って何台目かに停まってくれた人に、5€払うので乗せてってくれる様頼んだ。その人は快く私が行きたい場所へ送ってくれた。その場所から車で3分だった。仕事の途中なのか訊いたら、お兄さんの新しい家への引っ越しの手伝いに行く途中だと言う。そしてこの町に住んでいるのかと訊いたら、ここで生まれて育ったんだと言う。私はこの街は本当に素敵だと言った。
本当に助かった。車から降りる前に5€渡すと驚いた様に喜んでくれた。私は、たくさんお金を持ってなくて申し訳ないと言うと、大丈夫だと言ってくれた。

しかし、今回の旅は助けたり助けられたりだ。

早速ハノーバーに引き返した。14:00の集合時間に余裕で間に合った。リーダーらしき人にフライヤーを渡して、撮影の目的を伝えた。快い変事をくれた。
私は出発する所を撮影してから後を着いて走るつもりだと言った。たくさんの車が集まった頃、彼はマイクを持って今日のデモについてのお話しをして、日本の為に写真を撮るから宜しくと紹介してくれた。

私はそこに集まっている車に貼ってあるプラカードを撮影させて貰った。何の為に撮影してるのかとか訊いてくれる人にフライヤーを渡して説明した。

みんなが出発するのを待つ為に前方へ行った。お巡りさんが二人私の方に歩いて来て、プレスなのかと訊いたので同じ様に説明した。ただ目的を聞きたかっただけだから問題ないと言って、戻って行った。

彼らの車が出発する所を撮影して、さあ私もと思って着いて行こうとしたら、もう既にいなくなってしまったので、諦めて次に何処へ行くかを探した。デュッセルドルフに行こうと思ったけれど、ブレーメンも行ってみたいと思った。そこでブレーメンに向かった。ブレーメンに着いてから、下見してやっぱりデュッセルドルフが良いかもしれない気がした。今日の日記を書いて、しばらく休んでから出よう。外気温は10℃。

デュッセルドルフに向けて、出発してからアオトバーンを乗り換える道中で、Rewe(スーパーマーケット)とガソリンスタンドに寄った。結局食べ物が買えていなかったので、茹で卵3個とチョコレート、サラダ用の葉っぱを食べただけだった。何とか明日の食糧を手に入れた。
デュッセルドルフまで2時間半、30分ほど進んで、頭痛がするほど疲れたので寝ることにした。外気温は8℃。

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28.1.22 追加

ベルリンにも行けず、どうしようと凹んでいたけれど、あの、車が故障した人を助ける為に、こっちに来たんだと思えば悪くないと思った。あの嬉しそうな顔を思い出して納得して先に進んだ。

ドイツ国内デモ状況🇩🇪車内泊取材旅行2022年1月25日メモ

 



教会の前に車を停めた。教会の鐘が鳴る。ふと見ると教会のドアが開いている。中に入ってみる。いきなりカビ臭いと思った。中には5人の人が何か話しているので、ここを見て良いかどうか訊ねて、撮影しても大丈夫か確認した。中は改装しようとしている様だ。

中を撮影終えて、街の中を歩いてみた。この街も城下町で、丸く堀に囲まれている。教会の隣はお城だ。街を歩いていると、青い素敵な箱が、家に外壁に掛かっていた。中に手紙を入れている人を見て、ポストだと分かった。

夕方、18時すっかり暗くなって、ラットハウス(町役場)の前に行ってみると人が集まっていた。今回は、デモでは無い。抗議を表明する散歩だ。

私は、何人かの人に自分の本のフライヤーを渡して、いつものように写真を撮りたい事を伝えた。何人かは問題無いと言ってくれたが、一人子供のように大声で、「ナイン ナイン ナイン……」と繰り返す女性がいた。話しかける事もできない。おそらく彼女は何かの病気なのだとは思った。 その内他の人も写真は嫌だと言い出した。歩いて行きながら、いつから歩く様になったのか質問してみたけれど、何かを怖がってる様に、知らないと言う。 他にも声をかけてみた、一人の女性は他の大きな町のデモに参加した事が有るらしく、撮影も大丈夫だと言ってくれたが、私は、やめておくと言った。彼女は他にもっと撮影し易い町があると言っていた他の町の名前を幾つか教えてくれた。

私は、歩きながら遠目の全く人がわからない写真と夜の風景だけ撮った。

お城の前に着いて、抗議散歩は終わっただろうと思われた時、あの病気っぽい女性が写真を見せろと迫ったので、丁寧に見せた。集合場所に集まった直後に、これくらいの写りなら大丈夫かと他の人に確認した時の写真を、何故か関係の無い彼女が消せと言い。また、機関銃の様に大声で繰り返した。私は耳がおかしくなると思えるくらい大きく。頭がカメラに集中できないくらい、酷い物言いだった。けれど、ポケットから懐中電灯を取り出して、スイッチを確認しようとすると、彼女はカメラをもぎ取ろうとしたので、抑え込んで守った。誰も何も言わない。とりあえず一枚消して見せたら、彼女はもっとと言うので、私は「ナイン」と大きな声で言った。そこで彼女は怯んで何も言えなくなった。そして「貴方はうるさい」と大きな声で言ったら、そんな事は言われた事がないという風にボウーッと立ったまま何も言わなくなった。これが小さな町の問題点だろうなと思った。後ろ指出されるのを怖がって、声が大きい人が変だとも思えない、彼らの普通。

私は、親切にしてくれた女性に「どうもありがとうございました。さようなら」と明るく言って車に向かった。彼女も明るく返事をくれた。私の対応に満足してくれた様だった。