Mar 4, 2022

ドイツ国内🇩🇪車内泊Demo取材旅行2022年1月30日メモ

 


朝5:38に目が覚めて、昨夜Weveで買ったクロワッサン、ハムサラダの葉っぱを食べてから、少し走ったけれどまだ暗いので、疲れるので、また車を停めて寝た。外気温は5℃。

タイトルを「あなたに伝える為に」としようかと、デュッセルドルフに向けて走り始めた時に思ったので、車を停めて忘れないように書き留めた。

デュッセルドルフまで2時間23分だったけれど、その間にブッパータールが6kmの所にあってデュッセルドルフまではまだ80kmだ。デモの予定をチェックしたけれど見当たらないので、やはりデュッセルドルフに向かう。晴れ間が見えて、冬の空の光のカーテンが降りている。バイクで盛岡まで走った時、花巻を通った時に見た空を思い出した。

道を何度か曲がり損ねて、やっとデュッセルドルフに到着した。駐車場も余裕があって広々としていい感じだ。
昨日、チェーンソーアーチストのグントラム・プロハスカにメッセージで、この取材は、どうしても日本人に知らせたい大事な事なので、終わり次第またグントラムの仕事に戻ると伝えた。返事は無いが彼は解っているで大丈夫。

しかし疲れた。初めて来たデュッセルドルフだけれど、街中だからか、ガソリンがやたら高い。アオトバーンでも2€とか書いてあったけれど、ここでは普通に1.89€とかだ。昨夜入れた時には1.749€だった。この車は100km/5リットル出走る。車を買う時、重要ポイントとしていた。

今日のデモ行進は、車、自転車、歩きの人達など、様々な出立の参加者が集まるらしい。
昨日車に立てたカナダの国境を見たが、カナダでは今、国中から集まった数万台のトラックがオタワ目指して移動しているらしい。アメリカからもやって来ているそうだ。彼らは、首相が辞めるまでオタワに留まるそうだ。しかし首相は、彼らの行動はカナダ全国民の意思では無いと言って完全に無視を決め込む様だ。この結末はどうなるのだろう。Facebookのトラッカーの投稿でその様子を応援できる。

スペインは、コロナはインフルエンザと同じ扱いにする事が決定した。他のES諸国にも働きかけると言っている。2月1日からデンマークは、コロナ騒ぎを止める様だ。イギリスもマスクもしないと言っている。トルコもコロナ騒ぎを終わらせる方向だ。オーストリアは、ワクチン強制で罰金を課せる事が決まった。ドイツでは今強制にするかどうかが、話し合われている。コロナボーナスを貰っていたという、緑の党の二人の党員の事がニュースになっている。ドイツではブースター接種という事で、既に3回目を打って、その上で3回目打って終わった人達からコロナ検査の陽性者が出ている。私の友人は、3回目打った26歳の従業員が陽性で、その従業員から感染し、その後友人家族全員が感染したと言っている。そのおかげで彼らは2Gの為に出かけられなかった、国外旅行に出かけられるようになった。しかし、ドイツでは完治後3ヶ月間だけ免疫を有効とするという事で、3ヶ月後には無効になるらしい。


ところで、💉を打った人は、交通事故での保険金が降りないそうだ。ドイツのADACは、保険金は払わないよと言ってる。



ドイツ国内🇩🇪車内泊取材旅行2021年12月28日メモ

 12月28日


朝8時に目が覚めた。11時間寝ていた。昨日は運転と3時間のデモ行進で疲れていてよく眠れた。
朝食をとってから、デモの場所をチェックしてみて、やっぱりもっと北に移動を早める事にしてIserlohnへと方向を変えた。街の感じも素敵だと思った。
アウトバーンを走っている途中、休憩してトイレに入ったのだけれど、あまり美しいとは言えないトイレのドアの一つが故障表示、もう一つをノックしてみたけれど返事は無い。トイレットペーパーが転がったりして、まあ人はいる様だから待ってみることにして、5分後くらいにやっと人が出てきた。男の人が2人。まあ良いけど。

Lutzenに着いた。教会の前にちょうどいい駐車場がある。駐車チケットを買おうと試みるけど、機械は壊れている。まあいい。そこで18時まで待って、教会の前に出て行った。一人だけ男の人が来ていたので話しかけた。
2021年12月27日からドイツを回っていて、ドイツ国内のデモの様子を取材して日本に向けて本にするつもりだと、私のAmazonで販売している本のフライヤーを渡して言った。
少しずつ人が集まって来た。テレビでも新聞でも大手のメディアが無視しているから、紙の本で伝えたいと言った。
その時珍しく、私は小さく2回咳をした。トイレに頻繁に行く必要が無い様に、水分補給を控えていたせいだ。その人が少し身をひいたのが解ったので、車に戻って水を少し飲んだ。
少しずつ人が集まって来た。私は、本のフライヤーを何人かに渡しながら、写真を撮る旨伝えた。
散歩が始まってからもう、途中人々と話をしながら、私は感動している自分に気がついた。
街の商店街を歩いている時、一人の女性に、私がドイツを回ってデモの事実を伝えたいと言うと、彼女は、これはデモでは無くて散歩だと言った。私は、「勿論私は知ってる、だけど大事な行動だと思う」と言うと、彼女は、「そう、とっても大事な事なんです。このワクチンを子供達に打たせるわけにはいかない。それにこのパンデミックは間違っている。」と言った。
静かに街中を歩いていく、途中お巡りさんが呼び止めて話している。しばらく話していたけれど何事もなく進んだ。お巡りさんは怖いと言っている。

今日は、ここからブレーメンに移動することにしよう。

ドイツ🇩🇪車内泊取材旅行2021年12月30日リュベック

 


リュベック12月30日木曜日

街の中に車で入って行くと、すぐ右手にPennyというスーパーマーケットがあったので、車を止めて買い物をした。

葉っぱをちぎりやすく、形が崩れにくい厚手のサラダ2個入りを2袋、赤いパプリカを2個、羊のチーズとクロワッサン2個、ソーセージ入りの長い揚げパン一個を買った。それから黄色いバラの花束を買った。水を含ませたキッチンペーパーを巻いて、ビニール袋に入れた。車の中が少し明るくなった気がする。

Föhr へ向かう。
リュベックでは12月31日の夜中23時から散歩が始まると書いてあったので、今日はデンマークの手前にあるFöhr という島に行ってみる事にした。ここから2時間

今日の夕方Kielにて、デモ行進があるらしい。だけど、とりあえずメインはリュベックの12月31日23時だ。Föhr の島でも抗議デモが行われたと書いてあったのを見たので、そんな島の様子を見てみたいと思った。

外気温は7℃。これなら島でも寝られるし、霧が続いているので雪が降る事も無い。私は、どこを通ってもほぼ同じ白い景色の中を走って行った。アオトバーンを降りて、民家が続く道を通った時、北に向かって来て良かったと思った。北の風景は赤いレンガ作りの家で染まる。
そんな様子を、車を止めて撮影している時、美容院があるのを見つけた。中に2人の女性がドアに向かって立っている。お客さんはいない。ドアを見ると2Gと書いてある。

私は、車に戻って先に進んだ。その店の写真を撮るのを忘れた。
とにかく島に行こうと思った。ますます白くなって行く景色の中、家も無くなった先にフェリー乗り場があった。その隣に堤防の先に一軒ホテルがある。フェリー乗り場では、電光掲示板が、3G入船可能と記している。
チケット売り場の女性に聞いた。3Gなんですね。検索もして無いですがと言うと、「この隣の建物の中で検査しているから、この先に車を進めて検査してから、もう一度ここに歩いて来てくれれば良いですよ」と教えてくれた。私は「今日は辞めておくと言った。「では、ここを抜けて、左に行けば出られます」と言うのでそうしてそこを出て、撮影もせずに帰り道に着いた。帰り道は、既に暗くなっている。

夏にもう一度来ようと思った。
そうして暗い夕方の道を、途中民家の明かりで撮影しながらハンブルクに向かった。ハンブルクで30日に散歩があると書いてあるの見た。

だけど、Kielの人がメッセージで住所をくれていたのを、休憩所で見て、またKielに向きを変えた。
Kielに着いて、シャワーを借りて、そのフィリピンとドイツのミックスの人と港に向かって歩いた。夜の港に浮かぶ船が素敵に見えた。

その後、海岸側を通ってリュベックに向かった。暗い道を走るのも慣れてきた。
アオトバーンではないけれど、パーキングエリアがあって、一台トラックが止まっていた。そこに私も入って、寝る場所にした。通り過ぎようとして停まったので、バックでパーキングエリアに入った。木の下に停めて、寝る準備をすると、ひどく雨の音が大きい。木の葉っぱから滴ってくる雫が車の屋根目がけて落ちてくる。
少し車をずらせて木の影から逃れた。

そうして、ときどき通り過ぎる車の音以外は静かになった。その音もやがては静かに深い眠りに追いやられる。


ドイツ国内「ドイツの普通の人々、普通の風景」車内泊取材旅行 Demoを追いかけて

 


デモ取材1日目

今回は、Saarlandという、小さな州から巡ったが、まだ初めてだという登録されたデモは、警察の車に誘導されて出発した。デモに集まった人の会話から、以前はもっとデモが行われて、自分たちの意見を言う事が盛んに行われていたけれど、やっとこうしてその空気が戻ってきたと言っている。私が見た最初のデモは、カールスルーエ-ドーラハでのネオナチ派と反対派とのデモがあったのを見た。その時はお巡りさんがそこらかしこにいて、柵が張られていて、住居に戻るのにIDを見せなくては通れないと言うので、散歩に出ただけでIDは持ってないと説明して何とか帰ることができたのを覚えている。それでもカメラを持って出たので撮影はした。
2回目は、カールスルーエの街中だったが、ネオナチのデモで、私の側にいた人が、ネオナチの人達に、反対側のグループに混ざっているのを見られない様にしなさいと言われた。顔を覚えていて、後で襲われる危険があるそうだ。
そして今回が3回目になる。
テレビでも新聞でも、主流メディアは報じない、ドイツ中で起こっているデモ。メディアにも政府にも無視され続けながらも子供達や家族友人達を守る、経済的にも打撃を被っている事への抗議が、ライプツィヒから始まり、同じ思い出ドイツ中に広まって行った。
1989年、東ドイツでデモが起こり世界中が注目して、ベルリンの壁を打ち破った。だけど今回は、世界中のメディアが無視しているので、ドイツ国内でも知らない人はまだまだ多い。

実際この💉反対デモが、ドイツで全国的に、至る所で2021年3月ごろから今に至って毎日抗議散歩やデモが行われるいるという事を、久しぶりに開いて見たTwitterで何となく目にした2022年12月頃まで知らなかった。メディアは全く報じないので、ドイツ国民さえ知らない人が多い。
オーストラリアやニュージーランドでは、ワクチンの強制摂取とワクチンパスポートが紐つけられて、個人の自由を奪っているという話を聞いてからだ。
デモが行われているというvideoをたくさん毎日見るようになって、Facebookでそれらのスクショを、それぞれの市毎の75枚を投稿してみた。それに対して、テレビや新聞では報道されていないが、こんな事が報道されないとは大変な事だとコメントをくれた。メディアを信じている人が、メディアに疑いを持つようにならなければいけない。


31.12.21/1.1.22/2.1.22/3.1.22毎日早朝は大雨が降った。朝、明るくなる頃には、大雨は収まる。

ドイツ国内「ドイツの普通の人々、普通の風景」車内泊取材旅行、出発の理由

 Memo2022

12月27日- ドイツ車中泊の旅 

1月3日記
今の時代、videoを録ってYoutube等にアップするのが普通なのだろうと思うけれど、最終的に私の見る内容の一部は削除対象になるかもしれない内容だ。今まで通り写真に収めて、本にする理由は、私が見る風景を、テレビや新聞では報道されない、ヨーロッパ中、世界の各地で起こっている💉、パンデミック反対デモが日増しに大きくなっている事実を見てもらいたいと思ったからだ。

ドイツでは、スーパーマーケットやガソリンスタンド、郵便局等、基礎的生活必需品を購入できるお店以外は2G(ワクチン摂取者と回復者)制限がかかっていて、もちろんマスクと1.5m距離をとって立つ事になっている。
3Gが適用されている場所もあって、コロナテストで陰性が証明された人は入店可能が加わっている。

私は、この旅に出る1ヶ月ほど前に、熱が少し出て動きが重く感じたので、コロナ専門の病院に行ったら、陽性だったので、2週間家に篭ってパソコン仕事をしていた。回復者証明を登録すれば、ホテルにも泊まれるはずだけれど、車中泊で移動すれば、特に困らないので、登録していない。私はお酒も呑まないし、レストランにも入ら無くても困らないので、できる範囲での旅をする事にした。

この旅に出る為の準備として、ドイツの北の端まで行くには、冬山登山⛰🥾で寝られるくらいあったかくしなくちゃと思い、0℃用寝袋2枚と毛布2枚(下に敷く用と掛け用)ベッドカバー、67cm x 180cmのエアマットレス、日本の綿入半纏、日本から持ってきてあった漁師が着るヒートテックの上下肌着、冬用パジャマを車中泊用に車に積み込んだ。
これは思ったより暖かすぎて、1日目の夜中に目が覚めた。マイナス6度を想定していたのだが、1日目はSaarland から。。。。に向かおうと車を走らせて途中のパーキングエリアに寄って、そこで寝た。夜中9度の外気温だったけれど、毛布上下に寝袋一枚とベッドカバーをかけると暑くて3:25に目が覚めた。毛布上下にベッドカバーだけで十分あったかかった。夏用パジャマだけで十分だ。窓には、アルミ箔日除けシート2枚をそれぞれ前と後ろの窓にセットして、半纏を足下川の窓に掛けて、持ってきた2枚のジャケットを椅子の背もたれにかけて、寝る場所の保温した。実際、気温は4度以下になることが無く、2022年に入ってからは、夜中でも10℃くらいだったので、毛布上下に寝袋を一枚とベッドカバーを掛けるだけで十分暖かく寝る事が出来た。
パーキングエリアにはトラックが車中泊していて、トイレがある。旅の途中知り合いの家でシャワーを借りたりキャンピングカー用キャンプ場を探す。





車内泊、ドイツ国内「ドイツの普通の人々、普通の風景」取材旅行の準備


 

「ドイツの普通の人々、普通の風景」の取材の旅に出る。

12月26日日曜日大家さんがガチョウを料理したので食べないかと誘ってくれた。
今日は、階段と入り口の掃除当番の日で、ガチョウをご馳走になった後早速掃除に取り掛かった。
その後もまだやっておきたかった資料作りを進めて、プリントアウトした。
少しずつ車に荷物を乗せ始める。

エアマットレス、ベッドカバー、2枚の毛布、半纏、寝袋2枚、フランス軍のマリーンのコート。これは何年も前に東京で暮らしていた頃、バイク用に買ったコートだけど、袖や襟をデニムの服を切り刻んで補強した。1221日に、手縫いで丸一日かかった。

資料としてプリントアウトしたのは、ドイツの白地図と各州ごとの今まで、デモや散歩が行われた場所を探した。当日どこに行くのかをチェックして記録できるようにする為だ。

1220日から21日には、もし私が動けなくなったり事故に遭ったり、死んだ場合に、家族に面倒をかけないように、目に見えないサブスクリプションの支払いを解約した。

12月27日月曜日
午前中に食料の買い出しに出かけた。水を6本、羊のチーズと鳥の厚手の四角いソーセージ、ポークのハムを3種類、クロワッサンを3個、キッチンペーパー4本入り、小さめのリンゴ5kg、くるみ500gの袋入りを3つ、みかんみたいに小さいネーブルを1.5kg、オーガニックレモン4個、イタリア惣菜売り場ではキッシュを2枚、ハンバーグに見える野菜団子2個、大きな平べったいパンを買った。
チョコレートもカカオ85%のを2枚と丸いマカデミアナッツ入り8個を買った。移動中は運動不足になるので、甘い物は最低限にした。くるみは油でいっぱいなので食べ過ぎは禁物ではあるけど、大好物だ。
サラダを洗ったりしまっておいたりできる蓋つき容器も持っていく。

12月27午前11時出発する。
ナビゲーションをSaarlandに向けた。気温は10℃でまだ暖かい。
Saarlandに着いてから、ナビゲーションをSaarbrücken に方向を変えて、デモが行われる教会まで向かった。雨の中の移動だ。冬は大体こんな感じで、晴れる日は少ない。でも雪が降るよりは良いと思った。
黒い雨用コートに黒いジャケット、tシャツ、黒い大工さん用ジャケットを着込んで、ヒートテックの肌着を冬用のカーペンターパンツの下に履いていたので、非常に暑かった。これに懲りて、歩く時の体温調節には気を配るようにした。
お巡りさんの車に誘導されて始まったデモ行進。人々はゆっくり歩き始めます。子供や乳母車を押した人達、電動車椅子の人も一緒に進みます。

​デモが終わって終わってから、次の移動先をインターネットでチェックして、に向かう事にした。小さくて素敵に見える村の様だ。

朝目が覚めて、デモの場所をチェックしてみて、やっぱりもっと北に移動を早める事にしてIserlohnに方向を変えた。街の感じも素敵だと思った。